祖父は北陸地方の旧制中学時代に学徒動員され、ステンレス工場で働いたあと、陸軍士官学校在学中に終戦を迎えた。
大学在学中に、祖父母の人生を聞く課題があった。祖父は、戦時中の様子を詳しく語りった。近所の放火魔が少年院経由で最前線に送られ南方で戦死したことや、社会全体が日本は強く神風が吹くなど根拠ないことを熱にうなされるように信じていた、信じ込まされていた、と言った。冷静な戦況報告の代わりに勝利を信じこまされる報道ばかりで疑いもなく、みんなで信じ込んでいたと。戦後、繰り上げ卒業で勉強もそこそこに教員になったと簡単に説明した祖父は、そのあとの人生は孫である私の知る通りだ、と言った。いや、結婚したり子どもたちが生まれたり、私が生まれるまでのことはどうなのかと食い下がったが、祖父はそのまま農作業に出かけていった。その姿に、祖父の戦後は余生なのだと感じた。戦争の傷の重みを感じた。
コメントを残す